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「令和」が粛々と、時を刻み始めて、5日目。

「令和」連休の後半に入ってきた。
首都圏から放射状に伸びる高速道路は、渋滞続き。
そんな中で、新元号「令和」を自分流に解釈したいと思い、コトバ「令和」を探ってみた。

探ろうとして端末に手を伸ばした時、ハッと思い出す。
歴史の教科書で、頁をめくって間もない処に記載されていた次のコトバ。
『和(わ)をもって貴(たっと)しとする。』
確か、はるか昔の昔、聖徳太子が詠んだ一文?
記憶を手繰ってみる。

が、どうも記憶はあいまいなので、間髪おかずにネット探索を開始。
この一文、西暦604年・日本では飛鳥時代、国民が担うべき行動指針「十七条の憲法」の第一条として書かれていた。
定説では、聖徳太子により制定された。という。
ちなみに、この時、和暦の「元号」は存在していない。
日本で初めての元号「大化」が現れたのは、この時604年から下ること約40年。
西暦645年、大化の改新という政治改革の中で、初めての元号「大化」が命名された。らしい。

この「十七条の憲法」、実は、原文は漢字だった。
先のブログ書き込みの最中に判ったことだが、この時代に「ひらがな」はまだ存在していない。

第一条の冒頭、
『以爲貴、無忤爲宗』
おたがいが心をらいで協力することが貴(とうと)く、
むやみに忤(さからう/反抗)ことがないよう、それを宗(むね/教え)とせよ。

そして、第一条の最後。
『然、下睦諧於論事則事理自通、何事不成』
上も下もらいで話し合いすれば、何事も成し遂げられないことはない。

『令和』の和は、これだ!とひとり合点する。
今の世には、この「和」のココロが必要なのだ、大事なのだとガッテン、ガッテン。

次に、「令」。
例によって、分厚い辞書・広辞苑(第七版)で調べてみた。
その意味4つ。
①命ずること、いいつけ、②おきて、のり、③長官、④他人の家族などを尊敬していう語

そして漫然とネットで「令」をキーワード探索してみると、「大宝」を見つける。
西暦701年、和暦「大宝」元年に、日本史上初めて法体系を整備して世に示した法典。だという。
「律」は刑罰について、「」は政治についてルールを決めたものらしい。
ちなみに、それまで慣習でなにげなく使っていた元号が、この時に制度化。
初めての元号「大化」が設定された以降でも、「元号」なしの時期もあったようだ。

(イメージ写真下に続く)

個別に探った「和」と「令」を、合体して解釈してみようと、耳を澄ましてみる。
すると、
『「和」して営むことを政治レベルで規定(令)していく!』
そうしなければならない、
そうせねばならない時代なんだ!!
でも、そうしてはならぬ!
そうしては、なんねーーぞ!!!
と、どこからか聞こえてきた。

従前は、道徳、モラル、品格など善性に基づく営みが世に多くあったのではないか。
しかし最近では、国・組織・人において、“ゆとり“がなくなり善性の幅が狭まり、善性なココロが弱小化して、自分の利ばかりを求めるようになったのではないか。
この我が身も、、

今世の中では、
俺が、オレが、の大合唱。
各国は、大陸に、宇宙に、またディジタルなサイバー空間において、覇権を図ろうと余念がない。
また国内に目を移せば、世代間争いがここかしこで起こっている。
待機児童多い地区において、施設建設を予定すれば、近所の高齢者がこぞって住環境の破壊と声高に反対だ。

新元号「令和」の元で、
「和」を、強制的に強権的に発動されることなく、
それぞれが善性を発揮し、
時に熱く、時に冷静に「冷和」として見極め、
礼節をもって、「礼和」として心がけ、
言霊(コトダマ)に耳すませ、「霊和」として相手の想いに耳を傾けたい。

十七条の憲法・第一条に示された原点に、もう一度しっかり想いを寄せたいものだ。
『和(わ)をもって貴(たっと)しとする。』


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