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有楽町スバル座に、飛び込みで入館(2019.04.11)。
単館単スクリーンのここで観る映画にハズレはない。
今回も、大当たり!!!

入場前に、壁面にあったポスターをチラ見すると、そこに稲垣吾朗の名を見つける。
坂本順治監督のオリジナル企画で、稲垣吾郎が主演する映画「半世界」。

「半世界」、どういう意味なのだろう。
観た後、ネットで探索してみた。
どうも、一般名詞ではなさそうだ。

写真家(故)小石清が1940年に発表した写真に付けられたタイトルだった。
(故)小石清は戦前を代表する写真家で、日中戦争・従軍写真家として撮った写真を連作としてまとめたのが「半世界」だという。
「半世界」の一部が、東京都の写真美術館のサイトにディジタルコレクションとしてアップされていて閲覧可能だ。
関心ある方は、御覧になっていただきたい。

坂本順治監督はこの写真に着想を得て、本映画の企画を温めていたという。
ブログ人もネットで一連の写真を閲覧したが、「半世界」を読み解くことは出来なかった。

(イメージ写真の下に続く)

映画タイトルの意味をネットで探索することから離れよう。
スクリーンで観て感じたコトを自分流で記していきたい。

映画の舞台は、小・中学校で同窓だった3人の中年男が住む地元田舎。
亡き父親から引き継いだ炭焼きを生業とする男(稲垣吾郎)と、
父親と二人で中古車販売業を営む男、それぞれズッ--と地元暮らしの自営業者。
そして、海外派兵から帰国、家族と離別し、久方ぶりに地元へ還ってきた元自衛隊員。
この3人の同窓中年男を取り巻く映画だった。

泣けた。
スクリーンの炭焼き男に、我が身の故親友が重なった。
中学校からズーーーーと機会あるごとに、一緒に飲んで騒いで、遊んできたヤツだ。
もう20年程前、地元で山林組合に属して“木こり“していた。
その日の仕事を終え、軽トラで組合事務所に帰る途上で事故に遭い、帰らぬ人となる。
決して器用とは言えないヤツだったが、地道に真っ直ぐ。
こんなヤツに限って、早世してしまう。とつくづく思う。
この映画の稲垣吾郎演ずる主人公によく似ていた。

劇中で、海外派兵の一員だった元自衛隊員の友が、地元でズーーと炭を焼いてきた友に言い放つ。
「お前は自分を取り巻く世間しか知らない。お前は世界を知らない。」

森羅万象が積み重なり合って進化する世界を、人は全て知るよしもない。
この世に生み出された後、その周辺に感応して、生を重ねていく
人それぞれが生(なま)で認知できるのは、ごくゴク極、一部、半径3m以内だ。

大言を放った友が経験してきた「世界」も、実はほんの一部ではなかったのか。
劇中の元自衛隊員はそれに気づいていなかった。
本人は、世界を知っている、と勘違いしているのだ。

立ち位置が異なれば、その状況の捉え方(世界感)は変わり、見る風景も変わる。
誰も、立った位置から見える風景(世界)は、こっち側半分。
誰も、向こうのあっち(反対)側から見えるはずのこっちの風景(世界)は見えない。
誰も、自分で自分のコトは見えない、判らない。
これが、「半世界」?

また、生きとし生けるものは、世に生きる全てのモノは、死後の世界を知らない。
現世の中で生きている。
向こうの世界、彼岸を知ることはできない。
今、現世という半分の世界で生きている。
これも、「半世界」。

そんな事を感じさせてくれた映画だった。
その昔この世で「半世界」を共有し、既にむこう側の「半世界」に行ってしまった親友に黙とう。


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