人生、春夏秋冬。「青春という名の詩」で始まった小さなモノガタリ。
前回の投稿で、人生を4つの時期に区切って考える古代インドの言葉について、少しだけ触れてみた。
同じような言葉として、人生のライフサイクルを表す別の言葉が身近にあった。
・青春(せいしゅん)
そして、「青春」に続く言葉は、
・朱夏(しゅか)
・白秋(はくしゅう)
・玄冬(げんとう)
季節・春夏秋冬に季節に応じた色をつけて、人生の各ステージを表す。とのこと。
後日、もっとゆっくり味わいたい言葉でもある。
五木寛之が、この言葉を冠にした本を書いている。
青春の門。玄冬の門。
「青春の門」。
その昔、一気に読んだ。
九州筑豊を出発点とした人間(しんすけしゃん)を取り巻くドラマだった。
何十年も前に、吉永小百合出演の同タイトルの映画が制作・上映され、観に行った。
しんすけしゃんのオフクロ役だったか?、、、
「青春」という言葉に、小さなモノガタリを思い出した。
「青春」には、恋愛、友人、汗、などの感傷を伴うが、今回はそれと異なる。
(イメージ写真下に続く)

東京の職場に通勤(痛勤?)し、仕事にあがていた頃。
1990年より数年前。三十路を超えたばかりの頃。
当時、『「青春」という名の詩(うた)』というタイトルの本が、巷で話題だった。
そして、つい先程。
30年ぶりだろうか。手にとって、その詩を読み返してみる。
青春
サムエル・ウルマン
青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたをいう。
・・・
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うと初めて老いる。
・・・
当時、早朝から深夜まで仕事にあがき、たまの休日は、一日中爆睡して過ごしていた頃。
時折、本屋へは足を運んでいた。
この本を見つけ、この詩(うた)を読んだとき、この詩は我が身に刺さった。
それから間もなく、新聞・社会面に小さなベタ記事を見つける。
この詩を愛読する当時の財界人が、著者の子孫を日本に招いて、「青春の詩」を味わおう。というイベント企画に係る記事だったろうか。
その記事を読んだ後、さっそく新聞社に電話を入れ、参加したいと、申し出た。
イベントの主催者でもない新聞社は、迷惑だったろう。
でも、当時親切に対応いただいた。
電話先の新聞社では、何度か電話転送された後、担当部署に繋がった。
担当記者?からイベント(なんとかの会?)の問合せ先を聞き、
そして、ようやく会の事務局と連絡とることができたのだ。
その後、会の発起人で財界団体の会長名義で「会の案内状」が郵送で届く。
結婚式の案内状と見違うような厚手の紙を折り畳んだ立派な案内状だった。か?
「会」の当日、会場が職場からそう遠くもないことから、夕刻職場から歩く。
そして、東京・首相官邸の近くのホテルで開催された会に参加?もぐりこんだ。
我が身とは身なりの違うお歴々風の方々が、立食形式のパーティー会場を埋めている。
TVクルーも、何組か入っていた。
なぜか、場違いの我が身にインタビューを求めてくるのでは、とひとり勘ぐり、ドギマギする。
気の利いたコメントしなければと、ひとり壁のシミとなり、コメントを考えて時を過ごしていた。
が、当然にインタビューを受けることはなかった。
帰り際にお土産を頂いたが、期待するほどの感銘など収穫を得ることもなく、会場を後にした。
そんな30歳を超えたばかりの頃の小さな「青春」モノガタリを思い出した。
「青春」から遠ざかった今、
気負わず、力まず、ヒョウヒョウと、スーダラ節を口ずさみながら歩くとしよう。
せめて、元気なうちだけでも、、、
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