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【素浪人スーダラLOG】
 バリバリ昭和の素浪人が綴ります。

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昭和50年代、
東京・新宿・歌舞伎町の広場には、まだ噴水池があった。
夜には、色鮮やかな数々のネオンが水面に映り魅惑の泉と化していた。

ハタチの頃、一度この魅惑の泉に吸い込まれ、水遊び戯れたコトを思い出した。
高揚感Maxだった。
が、その後どのように帰ったのかは覚えていない。
大阪・道頓堀へ飛び込む輩の気持ちは、わからなくはない。
が、周りの方々に大迷惑をおかけしたと、今更ながら、大反省である。
 
当時、「ディスコ」なるモノがブームとなっていて、何度か足を運んだ。
歌舞伎町界隈にも、多くのディスコが営業開始していた。と思う。
バブル景気に突入する10年程前で、何かと話題になる東京・六本木ディスコの前兆がここ新宿にあったのではないか。

飲み放題、食べ放題で料金2、3,000円前後で入れるディスコが歌舞伎町に開店した。
と仲間が聞きつけ、田舎から出てきた者同士何人かで出向いた。
当時常に腹をすかし、食に飢えていた輩は、
席に案内されるや、一目散にバイキングコーナに向かい、プレートにてんこ盛り。
飲み放題用の安ウィスキーと伴に、口中に頬張った。
ようやく落ち着いて、我に返って気が付けば、
当時全盛だったハッスルやら、スタイリススティックスのナンバー が爆音で鳴り響いてた。

大爆音で、耳が痛い。本当に痛かった。
尋常でない爆音圧で耳が拒絶反応を起こしていた。
@昭和の素浪人には、向いてない。

新宿東口から西口方面へトンネル状の通路を抜けると、
線路ガード沿いに当時通称「しょうべん?しょんべん?横丁」なる酒場街があった。
今は、「思い出横丁」となっているようだ。

(イメージ写真下に続く)


赤ら顔の輩がトイレに行くことを億劫がり、
店外のガード下では、入れ替わり立ち代わり所用を成すことから、当時横丁には拭い難い異臭があった。
また、「高歌放吟禁止」と書かれた半紙が、黄ばみ一部破れ、そこここに張り出されていた。
張り出されているという事は、度々そんな事が行われていた。のだろう。
そして、我々も時に、煙草焦げ跡やらシミ跡の多い畳部屋の、少々傾斜のある2階席で、仲間と肩組んで、肩左右に揺らして高歌放吟していた。
 
なぜか、怒鳴られお叱りを受けたことは、一度もない。
が、周りの方々に大迷惑をおかけしたと、今更ながらに大反省である。

当時は、おおらかさがあちこちにあった。
人と人との間に、幅広の「のりしろ」があった。
今、生産性、迅速性、そして結果が求められる中で、
人との間には「のりしろ」は随分なくなり、おおらかさも随分と失せた。

四角四面では、人間社会は成り立たない。


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/ FP事務所 ネクストプレイン /


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最終更新日2018-01-12
Posted by
居酒屋

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