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観た後に、今はまだまだ「終わってはナンネーゾ!!!」
と応援歌がココロに聞こえてきた。

定年退職は、生前葬だな。と呟く処からこの映画は始まったが、最後に柔らかな元気を貰えた映画だった。
劇中に、いくつかのギャップを観て、大いに楽しめた。

◆ひとつ目のギャップ。
「散る桜残る桜も散る桜」に対する感情。
この俳句、劇中前半と最後に、主人公が呟いた句だ。
良寛和尚の辞世の句と言われている。
劇中二つの異なるシーンで感じさせてくれた異なる心情。
その差異(ギャップ)が、胸に響く。

この言葉がでてきた最初のシーン。
主人公(舘ひろし)が退職して数日後、美容室に勤める妻(黒木瞳)と伴に訪れた桜満開の公園。
桜をまじまじと見つめ、文学好きな本人が、つい呟く。
「散る桜残る桜も散る桜」
後日奥さんから、女々しいと言い放たれる。
言い放たれた後の主人公、なんとも小さく見えた。

そして、エンディング。
夫婦が卒婚し、それぞれが新たな生活の形を見つけて、一歩前へ踏み出した時。
「散る桜残る桜も散る桜」
時がくれば、時に任せて散っていくのだ。その時までは精一杯に生きていくのだ。と、
穏やかな達観を感じさせてくれる。

2つの異なるシーンで読まれる句から放たれる心情は、ギャップを持って観る者へ染みてくる。
句の読み手が同じでも、時が変われば、状況が変われば、句に対する感情の在り様が変わるのだ。
我が身(ブログ人)に、エンディングにおける主人公の心境になれる時はくるのだろうか。

(イメージ写真下に続く)

◆二つ目のギャップ。
主人公が退職時に「生前葬だな。」と呟き、所在なくため息ついて始まった映画。

石原軍団きっての伊達男館ひろしが見せた姿。
「落ち武者」。「女々しい無職の老人」。
劇中、これがまた真に落ちぶれた男に見えてくる。このギャップが、面白い。
館ひろしの役作りもあるだろうが、専属スタイリストの成果でもあるのではないか。
エンドクレジットには、役者陣の内で唯一専属スタイリストが名を連ねていた。ちなみに、妻役の黒木瞳に専属スタイリストのクレジットは見当たらなかった。

さらに、映画中盤には、
「思い出と戦っても勝てねんだよ」と友人(笹野高史だったか?)が吠えていた。
(*これは、プロレスラー武藤敬司の言葉らしい。)

また、落ち武者からの脱皮感も愉快だ。
その後主人公は、一転ITベンチャー企業の顧問に再就職し、グローバル案件に腕を振い、水を得た魚のように蘇(よみがえ)る
劇中だったか、原作だったか、こんなシーンもあった。(少々混乱)
主人公が以前より懇意にしていたバーのママが、その変化を主人公が着るスーツから嗅ぎ取っていた。
・スーツが呼吸していない時。
・スーツが呼吸している時。
これは、男には判らない。女性の独特の感受性なのだろう。

◆三つ目のギャップ。
原作者の内館牧子の作品に接するのははじめて。
大相撲の横綱審議委員として、その凛とした風貌が記憶にあり、審議会で見せた厳しい顔つきが記憶に強く残っている。
対して、この作品に流れる慈愛的なトーン。にギャップを感じた次第。
映画の後に最寄りの図書館で、原作を拾い読み。
原作では、文学的な音色(ねいろ)がたっぷり。
石川啄木、宮沢賢治、、、。
劇中では主人公の故郷は、岩手(イーハトーブ)。理想郷。
人はみな、一時イーハトーブを夢見るものだ。


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/ FP事務所 ネクストプレイン /

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最終更新日2018-10-23
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